よき執筆者は、命は有限であることを自覚する

今日も引き続き、初期仏教スマナサーラ長老のご本『「日々是好日」経』(サンガ)から、時間についてのお話をご紹介します。

スマナサーラ長老は、私たちがなぜ時間を大切に使わず浪費してしまうのかを解き明かしてくださっています。

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私たちがなぜ時間を浪費してしまうのか。それは、

私は死なない

と思っているからだと、スマナサーラ長老は説かれます。

「あなたたち、勉強はしないの?」と聞いても、「後でやりますから」と言う。「後がない」ということを理解しないのです。死なないから、いつでも後があるのです。これは「命は無限にある」「時間が無限にある」という大変な勘違いです。

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生きるということは、「一回しかないチャンス」の連続です。(中略)
「我は死なない」という前提でいる人は、その時間の仕事をしないから、生きるチャンスをどんどん失います。「後でやりますから」と言っても、後ではできません。

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「怠け」とは、今やるべきことを後回しにする性格です。(中略)
なぜ怠けが出てくるかといえば、「後でできる」と思っているからなのです。しかし、後にはできないのです。人生は短いのです。同じチャンスは一回しかないのです。

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もう一つ、「楽しいことは今すぐやる。必要なことは後でやる」ということもあります。これも「怠け」です。(中略)
人生には後がまったくないのに、嫌なものは後でやるのだとわがままになるのです。このわがままは「我は死なない」という前提で生きることから現れたものなのです。

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ブッダは涅槃に入られる直前のお言葉でも、「怠け」を戒めています。(中略)
お釈迦様の遺言は、次のような言葉です。
「では比丘たちよ、君たちに話します、発表します」
「すべてのものは無常で消え去っていく(一切の減少は消え去っていくものである)、不放逸で(怠けないで)励みなさい」(パーリ長部16『大般涅槃経』)

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何でも瞬間、瞬間、変化していく。二度と繰り返すことはできません。リピートできません。ですから、一回のチャンスで、その仕事をするべきなのです。
お釈迦様は最後に、それしか言い残すことはなかったのです。

お釈迦様が、最後にこんな言葉を残されたというのは知りませんでした。

やるべきことをなかなか取りかからなかったり、後回しにしてしまいがちな私は、結局のところ、自分はいつか死ぬという自覚に乏しいのでしょう。
お釈迦様の遺言を思い起こして、意識を改めなければなりません。

一瞬一瞬の時間を大切にすること、怠けずにやるべきことをやること。
そういう真剣さが、よい執筆活動にも繋がっていくのでしょうね。

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