池井戸潤原作ドラマ『陸王』に感動する理由

この頃、毎週日曜日の楽しみだった、

ドラマ『陸王』

昨夜、とうとう最終回を迎えました。

いやぁ、よかったぁ!

たぶん、茂木は陸王を履くんだろうな。
たぶん、弱小・こはぜ屋は、巨人・アトランティスに勝つんだろうな。

分かっちゃいるのけど、胸にグッとくる(笑)。

私は根が単純にできているせいか(笑)、こういうストレートに心に訴えかけてくる物語が好きですネ。

物語というのはいろんな分類ができますが、たとえばこんな2つのパターンに分けることもできると思います。

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予想を裏切る結末と
予想(期待)通りの結末

の2つのパターンに分けることもできて、それぞれの面白さがあると思います。

前者は、例えばミステリーなんかがそうですよね。最後のどんでん返しにアッと驚かされたり。

後者は、例えば『水戸黄門』などその典型じゃないでしょうか。

最後は黄門様が悪代官を成敗してくださるだろうことは分かっていながら、そこに辿り着くまでの紆余曲折を楽しむ。

私の中では、『陸王』も後者の部類に入ります。

しかし後者の場合、話があまりにも陳腐だと、視聴者(読者)はシラけてしまいますよね。

視聴者(読者)の心を、最後まで引っ張り続ける要素がなければいけません。

例えば『陸王』の場合、

諦めずに頑張り続ければ、道は必ず開ける。
打算ではなく、純粋に向き合えば相手は応えてくれる。

こんな願いが、物語の中で叶っていきます。

現実はそんなに簡単ではありませんが、そんな心の願いを、自分の代わりに登場人物たちが見事に叶えてくれる姿に、爽快感や、感動を覚えるのではないでしょうか。

そして、「よし、自分も頑張ろう!」と気持ちを奮い立たせてくれる。

厳しい現実を生きる視聴者(読者)の心を、たとえひと時であってもそこへ導くことができたとすれば、その物語は立派に役割を果たしたと言えるのではないでしょうか。

それをきっかけに、現実でも何かを成し遂げることもあるかもしれないし。

現実が厳しいのに、物語の中も失敗や挫折続きで、絶望のうちに終わってしまったら、キツいですよね(笑)。

明日から大変なお仕事が待ってるお父さんなんかは特に。

もちろん、物語にはいろんなタイプがあるし、それぞれの楽しみ方というのもあるでしょう。

私自身は、どうせものを書くからには、人の心を少しでもプラスに導けるものに取り組みたい。

そんなことを、『陸王』を観ながら思いました。

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