スマナサーラ長老の本『慈悲の瞑想』を読んでみた・その7

今回もテーラワーダ仏教・スマナサーラ長老の本『慈悲の瞑想』から、私の心に響いたフレーズをご紹介します。

慈悲の瞑想とは、誰でも簡単にできる瞑想法です。

スマナサーラ長老が仏典にもとづいてつくられたフレーズを繰り返し念ずることで、怒りや高慢、嫉妬、憎しみなどのネガティブな感情で汚れた心が、スッキリ、キレイに晴れて、穏やかになります

私も実践して、人生が大きく好転しました。本当にオススメです!

この『慈悲の瞑想』という本で長老が新たに公開された、「慈悲の瞑想のフルバージョン」は、これまでに紹介されていた慈悲の瞑想よりもかなり長いのですが、自分の心で感じやすいセットを選んで唱えてみるのもよいそうです。

実践を続けるうちに、自分が一番気に入るフレーズが見つかり、それが自分専用の慈悲の瞑想になるのだそうです。

というわけでリチブロでは、私の心に響いたフレーズを6回にわたってご紹介してきました。

●スマナサーラ長老の本『慈悲の瞑想』を読んでみた
●スマナサーラ長老の本『慈悲の瞑想』を読んでみた・その2
●スマナサーラ長老の本『慈悲の瞑想』を読んでみた・その3
●スマナサーラ長老の本『慈悲の瞑想』を読んでみた・その4
●スマナサーラ長老の本『慈悲の瞑想』を読んでみた・その5
●スマナサーラ長老の本『慈悲の瞑想』を読んでみた・その6

そして今回ご紹介するフレーズはこちら。

***

スポンサーリンク

***

「大地は、如何なる清らかなものを捨てても、如何なる不浄なものを捨てても、喜ぶことも嫌がることもありません。
私も、他の生命の賞賛・非難などを受ける時は、大地のようなこころを保ちます。
生きとし生けるものが幸せでありますように」

私は、嫌なことがあってもあまり感情を表に出しませんが、決して大地のように広く大らかな人間というわけではありません。

心の内では、ネガティブな感情を持て余して辛くなることがしばしばあります。

気持ちの切り替えがヘタというのか、もう吹っ切れたと思っていても、ふと思い出してはまた暗い気分に引き戻されたり、それによって自己嫌悪に陥ったり・・・けっこう引きずってしまうんですね。

まぁ、長老の本を読むと、人間の心というのは元々そういうふうに汚れやすいものだということがよく分かるのですが、とにかくそんな状態が続くと、仕事も人間関係も精彩を欠いてしまうし、一日一日を心の底から楽しむことができません。

一時期は、いろんな辛い事情が重なって、はちきれんばかりのネガティブな感情に苦しんでいたこともありました。

そんな状況からなんとか脱したくて、答えを求めて自己啓発書の類いを片っ端から読みあさったものです。

けれども、実践の難しいもの、あまり効果のないものばかりで、なかなか納得できるものが見出せない。

そんな中で出合ったのが、スマナサーラ長老の本でした。

長老の推奨されている慈悲の瞑想でよかったのは、冒頭にも記したとおり、簡単ですぐに実践できるところ。

特に嫌な感情が心にまとわりついてどうしようもない時には、慈悲の瞑想のカギとなる、

生きとし生けるものが幸せでありますように

というフレーズを徹底的に念じる。

そうして慈悲の瞑想を日々一所懸命に実践していると、心の中にたまったいろんなゴミやら、アカやらがどんどん取れていくようで、気持ちがラクになり、気分よく過ごせる日が徐々に増えていきました

不思議なもので、それに伴って抱えていた問題も少しずつ解決していき、以前に比べると格段に人生が好転していたのです。

これは決して呪文の効果とか、そんな魔法の類いによるものではなく、慈悲の瞑想の実践を通じて多少なりとも自分が変わってきた結果ではないかと思っています。

まだまだ大地のような広い心にはほど遠いのが現状ですが、これからも慈悲の瞑想を日々コツコツと実践して、さらなる自己改革を図っていきたいと思っています。

***

スポンサーリンク